特濃 オヤジの素

♪飲ませてください もぉ少しィ~♪



「すげぇなぁ最近のキーボードは・・・」とか思いながら、「でもキーボード一台でこんなことができるなら、もはや音楽を作るのにプロのミュージシャンとかいらなくないか?」とも思います。●●●48とかジ●ニ●ズの歌に別に高度な演奏力なんて要求されてませんから。
一応私もちょろっと音楽をかじった人間ですから、一流のミュージシャンによる、気が遠くなるような超人的な演奏を出来るだけ生で見たいとは思いますが、もはや時代がそういうのを求めてはいないんじゃないかと悲しくなったりもします。
とは言え、皆で「せぇの!」でやる音楽をこれからも出来るだけ聴いていきたいとは思います。
これからの時代、そういうのってきっと凄い贅沢な音楽の楽しみ方ってことになっていくのでしょうけど。
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今年、平成27BYの一発目が搾り上がりました。
“新米”の“新酒”としてはたぶん県内で一番早い仕上がりだと思います。
さて、これから年末までの二カ月は、本当に地獄のような忙しさになるわけですが、でも必要とされ、やるべきことがあるってのは、一方でとても幸せであるとも言えます。
つうことを念頭に、魅惑の繁忙期を過ごす所存であります。皆さん、よろしくお願い申し上げます。


そういえば最近聴いてないなぁ。久しぶりに“家にあるやつを”見てみようかしらん。

某アプリで計算してもらったんですけど。



精神年齢は30歳らしいです。それって喜んでいいのか悲しむべきなのか……



何年か前の、どっかのモーターショーで発表され、一瞬だけ「ふ~ん」って感じで注目を集めたっきり、最近では「発売前だけどもう飽きたわ!」などと言われていた新型NSXさんですけど、ついにその完成車がベールを脱ぎました。

今更ながら思うのは、この車ってハイブリッド以外なんのセールスポイントがあるのかってことなんですね。せいぜい日本車だから信頼性があるとか、頑張ってそのくらいなんじゃないかと。
私にはこんな車を買う金もありませんし、あったとしても残念ながらNSXさんは買いません。もうちょっと頑張ってランボを買います。日本車じゃなきゃっていうならGTーRを買います。その方がいかにも頭が悪そうで私にピッタリです。

もはや右も左もミニバンだらけの、しかも軽しか売れないこの日本では、こんなスーパーカーは完全に場違いな車で、断言しますが売れないでしょう。つうかホンダさんはハナから日本で売れるなんて思ってないでしょうし。やっぱメインの市場はアメリカになるんでしょうか。


こんなことを書くと、私という人間は“アンチホンダ”なのかと思われそうですが、さにあらず。
かつてはサイバーCRーXを乗りこなし、平成の風吹裕也、はたまた“唐瀬街道のスーパーコックローチ”と恐れられた街道レーサーの端くれであります。
ホンダには人一倍思い入れがあるんですね。で、結局何が言いたいのかつうと……何を言いたいんだろう、俺。
ご静聴ありがとうございました。

何もしないよりはずっといいと思います。定例巡回でお願いします。
それにしても…フィリピンがアメリカ軍を追い出したりするからこうなるのよね。
他山の石とすべきですね。




[東京/ワシントン 27日 ロイター]
?米国防当局者は米国時間26日、米海軍のミサイル駆逐艦「ラッセン」が、南シナ海で中国が造成した
人工島から12カイリ(約22キロ)の境界に接近しており、12カイリ内に数時間とどまる見通しだと明らかにした。

ラッセンは現地時間27日早く、スプラトリー諸島のスビ礁とミスチーフ礁付近を航行。

米国防当局者はロイターに対し、「オペレーションが始まった。数時間以内に完了するだろう」と述べた。

ロイター (記事より抜粋)
http://jp.reuters.com/article/2015/10/27/southchinasea-usa-patrol-idJPKCN0SL02B20151027




割とマジな話です。私は日本シリーズが始まっていることを知りませんでした。
またそれがヤクルトとソフトバンクの戦いであることも知らず、もうちょっと言うとソフトバンクの監督が工藤ちゃんってことも今日初めて知りました。ヤクルトの監督に至っては、「誰この人?」ってことでググる始末。真中氏とわかったものの「そんな選手がいたような気もする。」程度の感覚しかありません。
 
 もともと日本のプロ野球に興味がまったくなく、一番メジャーな球団の巨人ですら阿部選手しか知らない私にとって、ソフトバンクとヤクルトの選手など誰一人として知っているはずもなく、また今年も一試合も見ることなく終了することでしょう。私って異常なのでしょうか?

 でも、少なくとも私の周りでは日本シリーズの話題などまったく出ることはないし、どちらが勝とうが優勝しようが日々の生活にはまったく影響がないってお宅が多いんじゃないんでしょうか。
世の中にはプロ野球のことが何より大事で、それを中心に世界が回っているような人達がいますが、もしかしたら後数十年経ったら野球はマイナースポーツになっているかもしれませんね。




ラーメン屋さんなのに、なぜだかラーメンと鮪丼という、ある意味際物のセットがある、『すがい』の高松店へ里緒と“おデート”をしてきました。
最近、外でラーメンを食べることがめっきり少なくなってしまい、「残る余生、あと何回ラーメンを食べられるのかしら?」と思うと、ここのところ食べるラーメンの一食一食が勝負だなぁと思うのであります。
ではなぜ『すがい』に行ったのかつうと、里緒は鮪がとにかく好きなので、とりあえず鮪丼を食べさせておけばご機嫌だろうなぁと思ったのと、私が久しぶりに“ちゃんとした豚骨ラーメン”を食べたかったからなんですね。
で、結論なんですけど里緒は無心で鮪丼を食し、私は私で一口ラーメンを食べた瞬間、「美味っ!」と唸り、セオリーの替え玉をしたうえでスープを完飲しました。たぶん……本場九州で食べる豚骨ラーメンよりはクセのない、静岡市民向けの豚骨スープなんでしょうけど、それが私的にはド・ストライクで、また来たいなぁと思いました。
でもなんでラーメン屋さんで鮪丼なんでしょう。その疑問は未だに解決しておりません。


の跡地利用が決まったみたいですね。
この記事をみる限り細かなことはわかりませんが、一時“ドンキ”になるんじゃないかって噂が流れまして、それが本当だったとしたら、個人的にはこの計画の方が1000000倍マシかなと思います。
とは言え、低層階の商業施設はともかく、ホテルやマンションってのは既に飽和状態にあるんじゃないかって気がするんですけど、本当のところはどうなんでしょう。まっ、楽しみっちゃあ楽しみな話ですね。

サッカーの元日本代表MF鈴木啓太(34)が、所属するJ1浦和を今季限りで退団することが20日、関係者の話で分かった。
 鈴木は同日、自身のブログに「昨季から状態に不安があった。今後についてはサッカーを続けるかも含めて考えたい」とつづり、現役引退も示唆している。昨年に不整脈と診断され、今季はリーグ戦で4試合の出場にとどまっている。
 鈴木は静岡・東海大翔洋高(現東海大静岡翔洋高)から2000年に浦和入り。06、07年にJリーグのベストイレブンに選ばれた。J1通算で379試合で10得点。日本代表としては28試合に出場した。 




彼がどの程度動けるのかわかりませんが、お買い得かもしれません。




『今昔Map』ってサイトがあって、これを使うと昔(1940年代)と今の宅地の状況を、航空写真で比べることできます。
写真は私の母校『静岡市立高校』付近の様子です。1940年代にはまだ唐瀬街道はなかったんですね。田圃路みたいな感じだったのでしょうか。今じゃあ途中までですが、片側四車線の道路になってますからねぇ。隔世の感があります。
1970年代の写真を見ると「あの頃は市立高校のあたりを、自転車のスポークにボール挟んで、バットとグローブを持って半ズボンで走り回ってたっけ。」と懐かしくなります。

本当に昭和は遠くになってしまいました。







そっかあ、コロがうちに来てもう二年かぁ……早いもんだなぁ。
今ではすっかりうちの家族になった、そんな感じがしてます。
ちなみに上が現在のコロ君、下が買ったばかりの頃のコロ君です。

 Jリーグ「オリジナル10」の名門・清水エスパルスのJ2降格が17日、決まった。ホームで午後2時キックオフのベガルタ仙台戦に0-1で敗れた後、田坂和昭監督は「勝てなかった原因を根掘り葉掘り言うよりも、何も言い訳はしない。力がなかった」と覚悟を決めた口ぶりで話した。この時点で降格は確定していなかったが、午後6時半開始の試合で年間15位のアルビレックス新潟が松本山雅FCを2-0で下し、3試合を残して残留の可能性がなくなった。

 仙台とは過去ホームで8勝2分け(ヤマザキナビスコカップを含む)と相性は良かったが、前半4分にあっさりと先制された。警戒していたCKでカルフィン・ヨン・ア・ピンがマークしていたハモン・ロペスに頭でたたき込まれ、出鼻をくじかれた。その後も効果的に攻撃を組み立てられず、後半17分にピーター・ウタカを投入。押し込む時間帯こそ増えたが、田坂監督は「地上戦でいきたかったが、選手が判断して犬飼(智也)と本田(拓也)(のポジション)が変わった。パワープレーっぽくなったが相手は待ち構えているし、それではウタカの良さが生きなかった。そこが想定外だった」と説明。今季を象徴するようなちぐはぐな戦いぶりで4連敗となり、田坂監督の就任後は9戦勝ちなしとなった。

 今季31試合で4勝という成績だが、低迷のきっかけはアフシン・ゴトビ監督を解任した昨年の夏に遡る。7月23日にガンバ大阪に0-4と完敗し、ブラジル・ワールドカップによる中断明け2連敗となった試合後だった。選手を発奮させるため「俺を辞めさせたいのか!」とゲキを飛ばすと、それまでも決して良好とは言えなかった選手との関係は修復不可能となった。移籍をほのめかす選手まで現れ、クラブ関係者は「成績面(6勝3分け8敗で12位)は問題なかったが、代えざるをえなかった」と明かす。

 オフに契約を2年延長しながら、わずか半年で解任に踏み切ったフロントの「賭け」は凶と出た。後任はプロの指導経験がないユースの大榎克己監督。厳しい状況で4勝3分け10敗と泥沼にはまり、最終節で辛うじてJ2降格を免れた。今季も悪い流れは止められずファーストステージは最下位に終わり、クラブは8月1日に辞任を発表した。火中の栗を拾う形で後を継いだ田坂監督は守備組織の立て直しを期待されたが、攻撃的な指針で編成されたチームを立て直すには、あまりにも時間が足りなかった。

 降格が決まった午後8時半すぎ。左伴繁雄社長がクラブハウスで報道陣の取材に応じ、サポーターや関係者に対し「オリジナル10の中で唯一の市民クラブである清水エスパルスがJ2に降格するという重みをひしひしと受け止めている」と頭を下げた。

 低空飛行が続いた今季の戦いぶりについては「エスパルスのサッカーをベースから見つめ直そうということで『気迫を持とう』『球際にこだわろう』『90分走り切ろう』『怖いサッカーをしよう』と公約したが、結果として4つ全てが相手を上回ることができず、それが今回の結果だと受け止めている」と総括。さらに来季、1年でJ1復帰を果たすための約束事として「主軸の選手が残ること」「強化費の予算規模を落とさないこと」「トップが『絶対に戻る』と言い通すこと」という3点を挙げた。

 来季まで契約を残す田坂監督は「進退問題については会社が判断すること」と去就をクラブに一任したが、左伴社長は「私を含めて責任の所在、あるいは人事等については残り3試合が終わったところでつまびらかにしたい。今回はコメントを差し控えさせていただきたい」と話すにとどめた。主力の多くが複数年契約を結んでいるため大量流出は避けられそうで、夏に加入したベテランの鄭大世と角田誠は残る見通しとなっている。

 また、2011年から在任している原靖強化部長は「このような成績になってしまったのは100パーセント以上、僕の責任と痛感している」とコメント。2年連続でシーズン途中の監督交代に踏み切りながら、そのたびに成績が下降した原因については「僕の見立ての甘さ」と述べたが、自身の進退については「社長と話して、しかるべき時にお話ができれば」と明言を避けた。

 降格は決まったが、リーグ戦は残り3試合。大前元紀は「応援してくれるサポーターのために戦うのがプロ」と必死に気持ちを切り替えた。









作業着として今日はこの服を着ていきました。
そこそこ忙しかったので、こんなアホなシャツを着ていることなどすっかり忘れていた、そんな秋の昼下がり。
二十代前半の女性社員に「朝から気になっていたんですが、それどこで買ったんですか?」と聞かれました。
彼女がこの会社に入ってもうすぐ一年になりますが、向こうから話しかけてきたのは実はこれが初めて。


私「●●●で。こういう大人になっちゃあいけないよ。」

女子「フフフ」


ちょっとだけ距離が縮まったかなと思いましたとさ。









この店に心当たりがあります。たぶん(99%の確率で)あの店だと思います。
かつてホームページで取り上げたことがあるんで、読んですぐにピンときました。
確かにあのおでん横丁の中にあって、静岡おでんを出してない店なんてまずありませんから。
でもいまだにお店をやっててくれるなんて、なんだか嬉しいもんですね。




買おうかなぁ。




機能云々ではなく、“TEAC”ってブランド名が昭和の男子にはグッときます。
あとはLo-DとかAIWA、DENON、Technicsなんてものもありましたね。
あの頃はそういうオーディオメーカーがテレビでコマーシャルとかやってましたが、ここ20年以上そんなの見たことありません。昭和は本当に遠くになってしまいました。

これもある方からお借りした写真です。



草薙シリーズ。
南幹線(旧東海道)を現在の静鉄ストア手前辺りから東を見た風景です。右手に消防団がすでにあります。そしてしっかり当時からアキヤマ土地の文字が。



片側二車線で交通量の多い現在からすると、なんともまあノンビリした風情がありますね。なんか月光仮面がスクーターに乗って走ってそうな感じがしますね。




小さくても値段はいっちょ前です。

今日松坂屋の地下へ行ったんですけど、こういうの(正式名称不明)まだやってるんですね。
中のお菓子は私が子供頃よりずっと豪華になってましたけど。

今日10月10日はワンカップの日だそうです。詳しくは以下をご覧下さい。



ワンカップの日
「ワンカップ」は世界で初めて発売されたカップ酒。その「ワンカップ」を製造販売する日本を代表する酒造メーカーの大関株式会社(本社:兵庫県西宮市)が制定しました。
日付は「ワンカップ」が誕生した1964年10月10日(東京オリンピックの開会式の日)に由来します。ちなみにワンカップは同社の商標登録です。



だそうです。まあこの際細かいことはおいといて、便乗して楽しんじゃいましょう!
横砂4


この画像はネットで拾ったものです。




 4年ほど前のことです。当時、我々ファミリーが住んでたアパートの裏に緑道がありまして。
最初は「なんでこんな所に緑道が走ってんだろう。」とか思ってたんですね。周囲の状況からすると何だか不自然で、景色にまるで溶け合ってないというのか。
あとで知ったところによると、その昔、ここを路面電車が走っていたとのこと。緑道はその跡地だったと。
その緑道をうちの裏から北に百メートルほどいくとそこには保育園があって道はそこで途絶えます。
当時はここに横砂駅ってのがあって、そこが路面電車の終点だったんですね。写真はそこを写したもののようです。
ちなみにこの駅舎のすぐ裏が、例の“袴田事件”の現場です。豆知識です、ハイ。

この路面電車はこの横砂駅からJR(当時は国鉄)東海道線とほぼ平行する形で南に向かい、JR清水駅→静鉄新清水と通り、最終的には次郎長通りの手前、港橋の辺りまで走っていたようです。“ようです。”というのは、私の場合、生粋の清水っ子ではありませんから、あくまでも人から聞いたり、ネットで調べた情報を元に書いているからなんです、ハイ。細かな間違いがあっても軽くスルーしていただければ幸いです。
ところで私はこの裏面電車を一度だけ見た記憶があります。私が小学校一年の時のことです。
私達ファミリーはそれまで住んでいた富士宮市を離れ、昭和49年4月から静岡市に住み始めたんですね。で、なんでかは失念しましたが、車に乗って家族で清水に来たわけです。たぶん4月か5月くらいのことだと思われます。車がちょうど清水駅の辺りにさしかかった時、目の前を路面電車がスーっと通り過ぎたんですね。
私はそれまで路面電車なんて見たことがありませんでしたから、「あっ、チンチン電車だ!」なんて喜んでました。
ですから小学校低学年の頃は、清水と言えば「チンチン電車が走ってるトコ。」って思ってました、割とマジで。
ところがその数ヶ月後、昭和49年7月7日の七夕豪雨で、庵原川に架かっていた橋が堕ちてしまい、そのままこの路面電車も廃止になってしまったようです。



線路こそ残ってはいませんが、今でも横砂や袖師辺りに行くと、そこかしこに路面電車が走っていた当時の名残が残っていてます。今まで隠していましたが、私、実は廃線になった線路の跡を、「当時はああだったのかな、こうだったのかな。」とか想像するのが好きな廃線マニア(そんな言葉あるのか?)でもあるんですね。だから、今でもこの裏面電車が走っていた辺りに来るとグッとくるものがあります。あっ、でも鉄ちゃんじゃあありませんし、そっちの方の知識も興味もハッキリ言ってゼロです。
これは天守閣とか櫓がたくさん残っている世界遺産の城より、石垣だけ残っているとか、堀切のあとが微妙にわかる山城とかの方がイメージが膨らんで好きっていうのと同じお話なんですね。

さて、最後になりましたが、ネットであっちこっちから写真をお借りしましたが、持ち主の方、勝手に使ってスイマセン。この場を借りてお詫び申し上げます。許してチョンマゲ。


どこだろう・・・新清水のあたりかしら
横砂

港橋?
横砂2


ここはわかる。清水橋のとこですね。
横砂3


これもお借りした画像です。


静岡女子大学(現静岡県立大学)から草薙方面に下りていく道。昭和50年前後。もうちょっと下った茶畑に今のセブンイレブンの交差点があるのです。


とのこと。向こうに見える山並みから“嗚呼なるほど”と思います。
それにしても今のお洒落な雰囲気とは全然違って草生えそうです。












とあるイベントで初めてお会いしたこの御仁。いただいた名刺を見ると




ヨンコン(サンコン勇)とあります。



この人こそ「イッコーン・ニーコン・サンコーン!」でお馴染みのオスマーンサンコン氏のご長男なんですね。
お互い仕事中ですからゆっくりお話などする余裕などありませでしたが、ちょっとした合間に写真撮影にも気軽に応じてくれるなど、フレンドリーな人柄が滲み出ておりました。ありがとうございました。

それにしても、サンコンさんの息子ヨンコンさん(ニックネームらしい)がウコンの飲み物を売るってのも「なんだかなぁ…」と思った秋の日の一日でしたとさ。



さるお方からお借りした画像です。
昭和50年前後の草薙の様子らしいです。手前踏切が静鉄草薙駅。奥に国鉄草薙駅。
今とは違い、かなり雑然とした感じがしますね。







今日は横浜で某問屋さんの酒の会がありして。午前10時から午後9時までお仕事であります。で、静岡にそのまま帰り、明日は三島で酒の会。疲れます。
そういえばお昼を出していただきましたが、さすがに横浜。シウマイ弁当でした。美味しかったです、ハイ。


また社員旅行で“行かなければならない”のでしょうか?



ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下USJ)は、「ザ・フライング・ダイナソー」を来春オープンすると発表しました。

USJは2016年3月31日にパーク開業15周年を迎えます。その15周年の第一弾として、起伏の激しい世界最長のコースを走るフライング・コースター「ザ・フライング・ダイナソー」が来春オープンすることが決定しました。

「ザ・フライング・ダイナソー」は、座るタイプのコースターとは異なり、鳥が大空を飛ぶように顔と体が下を向いた態勢で、生身の状態で頭から爪先まで、風とスリルを全身で体感できる次世代のコースターです。世界最大の高低差が生み出す圧倒的なGフォース、そして「ジュラシック・パーク」の濃密な世界観という、3つの要素を組み合わせた世界最高のフライング・コースターとなっています。

空の支配者「プテラノドン」に背中を掴まれ、野生本能の赴くままに360度振り回されつつ眼下に広がる「ジュラシック・パーク」の世界を猛スピードでぶっ飛びます。想像を絶する圧倒的なスリルを是非お楽しみに。

「ザ・フライング・ダイナソー」は来春オープン予定です。




昨晩は沼津で静岡県地酒まつり2015が開かれました。そのときの様子をYouTubeに軽~~くアップしたので、もしよろしければご覧下さい。ただしかなり短いです。あしからず。




写真が全く残っていないので、人様のものを拝借します。勝手に使ってスイマセン。



さて、今まで色んな車をマイカーとして買ってきましたが、もしチャンスがあったらまた乗ってみたい、或いは所有してみたい車はどれかと問われれば、私は迷うことなくルノー5(サンク)の名前を挙げると思います。
乗っていた期間はそう、5年くらいだったでしょうか。
人様が言うほど大きなトラブルはありませんでしたが、最後の最後で、ラウムへの買い換えが決まり、あと一週間ほどで新車が届くというそのタイミングで、通勤途中の山道で煙を吹いて壮絶に絶命しました。まるで南斗水鳥拳のレイのようです。

その少し前から「なんかエンジンの方からカタカタ嫌な音がするなぁ。」とか思ってたんですけど、「あともうちょっとだからなんとかごまかせないかしら。」と様子をみていたのが裏目にでました。ファンベルトが切れてたというのが原因なんですけど、「もうちょっと大事にしてあげればよかったなぁ。」と今でもちょっと後悔してます。
山道で煙を吹き上げ路肩に佇むサンク、それはそれで風流なものではありましたが。


私が買ったサンクは、なにしろ一番安いグレードの『Five』ですから、バンパーは黒のウレタン、ミッションは5速マニュアル、日本仕様の後付けエアコンは音こそガーっと豪快ですが、人一倍汗っかきの私にしてみれば「ないよりはマシ。」程度しか効きませんでしたし、そこへ持ってきてハンドルはパワーアシストなしの“重ステ”ですから、夏場は結構汗かきながら乗ってましたね。

でもこの車で大井川の上の方までキャンプの下見に行ったり、友達と伊豆半島をほぼ一周したりと小さなボディには思い出がいっぱいつまっておりました。
それだけにもっと大事にして、写真もいっぱい撮っておけばよかったと「孝行したいときにサンクはなし。」の言葉を噛み締める昨今です……ってのは混じりけなしのウソだよ~ん。
で、このあとラウムを買うも「糞つまらん!」と4~5年で手放し、どうせ一人で乗るんだからとルノートゥインゴにした私って……客観的にみたらまごうかたなきアホですね。

東京モーターショーのせいでここのところ車関係のお話ばかりですが。


昨日、信号待ちでそばにあるガソリンスタンドを何気なく見ていたら、ジェミニのイルムシャーが給油をしてました。ボンネットにポコッと穴の開いたヤツでしたから、たぶんターボモデルだったと思われます。
この型のジェミニを見たのは……たぶん二十年振りくらいかしら。


そういえば、当時のいすゞは中古車をドレスアップしたモデルを売っていて、『カゲムシャー』とか『ムシャブルイ』とかあったような気がします。カゲムシャーはともかく、ムシャブルイに至っては失笑もので、当時の私ですら電話帳並みの厚さがあったカーセンサーを眺めながら、「そりゃあやり過ぎだろ。」と誌面に向かってツッコミを入れていたものでした。

それはともかく、いすゞはジウジアローと関係が深く、このジェミニもピアッツァも、あと117クーペも氏のデザインによるものですが、やっぱりいいデザインは時間が経ってもいいもんですね。
ジェミニなんて完全に時間が二回りしているのにも関わらず、オーナーさんがキレイにしているせいで、まったく古さを感じさせないどころか、ミニバンばかりなってしまった昨今にあって、とても魅力的に見えました。

最近、ジウジアロー氏が引退をしたというような記事をどこかで見たような気がしますが、あの世に逝ってしまう前に、もう一度国産車をデザインをやって欲しいなぁとか思いますが、それを一番やってくれそうないすゞが乗用車部門をやめてしまったので、もしかしたら私のこの儚い夢は、もう二度と見ることができないのかもしれません。あ~あ…