特濃 オヤジの素

♪飲ませてください もぉ少しィ~♪





今朝のテレビでこのお店のことを初めて知りました。名前もトンチが効いていて私のメタボセンサーが激しく反応。また出張で東京へ行った時には寄りたいなぁとか思ったんですけど、ネットの情報を見ると結構手厳しい意見も多いようですね。
このテのフードパークって横浜のラーメン博物館が最初で、後発がいろいろと出来ましたが、どれもおしなべて評判がよろしくないように思われます。所詮はなんちゃっての域を出ないというか。その点、ラーメン博物館はやり方が上手いのか、もう十年以上も続いているのは何か秘訣があるのでしょうか。
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そらは あおぞら うれしいな
きょうは たのしい うんどうかい
そろって そろって うたおうね。
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23日に蔵人が岩手からやって来ました。まだ頭(かしら)さんはいませんけど、今年もまたこのメンバーでお酒を造ります。どぞよろしく!


部屋を掃除していたら小学2年のときの日記が出てきました。4月16日のところをにはこんな↓事が書いてあります。


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 上田君……二年生の時のクラスメイトで、帰り道が同じだったことから、よく二人で道草をしながら家まで帰ったものです。その上田君の近所に違うクラスの同級生が住んでいて、名前を田村君といい、その田村君とも上田君を介して時々遊んでいました。日記にはそのことを書いてあるのですが、問題は二人の友人のその後です。
 今でもハッキリと覚えています。二年の寒い冬のことでした。寝耳に水…まさにそんな表現がぴったりでした。当時流行っていた風邪だかインフルエンザだかをこじらせ、上田くんは亡くなってしまったのです。静岡新聞にも“遂に犠牲者が”みたいな見出しが大きく出ていたことを覚えています。その上田君のお葬式で、クラスを代表してお別れの言葉を読み上げたのがかくいう私なのでした。ただ、私は今も昔も人前で何かやるというのが非常に苦手で、最初その話が来たときも「俺より田村君の方が仲がよかったし、田村君の方がいいよ。」って断ろうとしたのですが、母親に「何を言ってんのアンタは!!!」とひどく怒られ、結局お葬式でお別れの言葉をやることになったのです。上田君ごめんなさい。
 さて、もう一人の友人田村君はその後何処かへ転校してしまった(らしく)ので、いつの間にか私の記憶から完全に消えてしまいました。その田村君ってのがこの人なわけなのですが・・・。


タムケン氏(詳しくはココをクリックして下さい)
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 以前、小学校の卒業ウン十周年パーティーってのか開かれた時、「タムケンって同級生だぜ。」って言われ、最初はふ〜んって感じでしたが、彼のホームページとかを見ている間に、二年生の時の記憶がいろいろと甦ってきたので、某所で開かれた酒の会に来た氏と話をして、まぁこんなことになったのであります。



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かたや東大を出て官僚を経て衆議院議員になり、かたや四流私大を出てバブルの追い風に乗って銀行屋さんになった……ところまではよかったのですが、いろいろとあってそこを辞め、今は酒屋として地味〜な仕事に終われる毎日、というこの差はいったいなんなんでしょう。
まぁ、今の仕事は仕事で銀行屋さんよりはやりがいもあるし、楽しい仕事っていえば楽しい仕事のような気もしますが……


先日Facebookを通じて田村君からメッセージをいただいたので、“違う畑で仕事をしてますが、家族の為にお互い頑張りましょう。”と、多少上から目線の返事を出しときました(笑)




◯◯年ぶりに田村君と会って話をしたというのも、こんな商売を選んだが故のお話で、それもこれも上田君の導きなのかなとか思ったりもしています。

カウンタック



うん、これは欲しいなぁ。でも作っている時間がないしなぁ。
あと細かなことですが、チバラギ仕様のLP500SよりLP400のナローな形の方がアタシは好きです。
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 そうそう、このラベル。高島屋さんの酒売り場で、久しぶりにこのお酒を見て若き日のことを思い出しました。


 前の職場での話です。当時、私はまだ二十代で、F支店というところに勤務していました。そこに新しく係長に昇進し、転勤をしてきたi野さんという人がいたワケです。
そのi野係長がですね、転勤をして来た日に「静岡で飲もう!」と言うので、まぁ、直属の上司ですからOKをしました。なにしろi野さんにとって私は最初の部下ですから、コミュニケーションを取りたかったのでしょう。
 さて、仕事がハネてから静岡へ行ったのですが、普通こういう場合、一次会は居酒屋でも行くのかと思いきや、いきなりラウンジ的なところへin。綺麗に着飾ったお姉さんが迎えてくれました……まっ、この時点で嫌な予感がしたワケです。そこでi野さんは開口一番




「ボトル入れてくれる?」




と、その綺麗なお姉さんに言うのです。そのボトルにはヘネシーと書いてありました。




「これって確か高いヤツだよなぁ。」




とか思いつつも、今後何年か付き合うワケですから、そのことはなるべく顔に出さないよう努めました。
そんなこんなで、その店では食事らしい食事も取らず、淡々と係長&お姉さんとたいして面白くもない世間話をしていると、i野さんは、




「次の店に行こう!」とおっしゃるのです。





「今度はどこへ行くんだ?」と思っていると、また同じようなお姉さん系の、いや、もうちょい下品なカラオケパブみたいな店にin。ここでもi野係長は




「ボトル入れて!」とおっしゃるのであります。



それがまたヘネシー。




ここからカラオケ好きなi野係長に妙なスイッチが入ってしまい、あとはもう酒を飲み歌いまくり。もとよりカラオケが大嫌いな私はそこで歌うバスもなく、後に“歩くマーシャル”と呼ばれるi野係長の大音量の歌声を台風をやり過ごす野鳥のような心持ちで静かに聞いているのでした。
 で、どうにか台風をやり過ごして、「じゃあ、明日も仕事だしもう帰ろう!」ってことになり、「係長、俺いくら払えばいいですか?」って聞いたら、「明日言うから。」と。
で、やっとこさお開き。



翌日、「係長、昨日のお金の件ですが……」



「おう





三万でいいよ!






自分史上最高額の割り前です。どうにか払いましたけど。頭がクラクラしました。





で、次の週末。「佐◯クン、飲みに行こう!」





休み明け「三万でいいよ。」




そのまた翌週、「飲みに行こう!!!」




流石に適当な言い訳をして断りました。




 結局、私が転勤するまでの約一年半くらいがずっとこんな調子ですから、付き合いきれなくなって、誘われてもなんやかんや言って断ることが多くなりました。それでも直属の上司ですから全てを断るワケにもいかず、月一回程度は飲みに行ってました。でも、一次会は居酒屋に行きたいとか言って、金がかからない方向に誘導してましたけど。




その後私は別の店に転勤になり、i野さん地獄から解放されましたが、なんかの時に顔を合わせたら




「佐〇ク~~ン


 また飲みに行こうよぉ~~~


 △■クン(新しい部下)は


飲みに行ってくれないんだよぉ~~。」




その後風の便りで聞いたところによると、i野係長は酒で何度も失敗をして、係長から一般職に降格になってしまったとか何とか・・・・
私は転職をしてしまったので“i野先輩”とはそれっきりですが、次に会うことがあったとしても



もう二度と飲みたくありません。



まぁ、悪い人ではないんですけどねぇ・・・へネシーを見てそんなことを思い出しましたとさ。








外国の酒って面白いです。だって“ギロチン”ですよ。
打ち首ってラベルの日本酒はない(はず)ですから。



仕事終わりました。お酒そこそこ売れました。疲れました。もう寝ます。お休みなさい。




戦闘開始ブタのケツ!(古)



また日本橋高島屋さんでの臥龍梅の試飲販売に行ってきます。
17~18日と私が、19~21日まで社長がやって、明日22~23日がまた私。で、最終日24日は別の社員が対応することになっております。
お酒もたっ~ぷり仕入れてありますので、皆さん、(買いに)来てねぇ!!!



そんなワケで今週“も”休みがありません(泣)

フジテレビでやるようです。



9月23日(月)21:00~23:08

キャスト

金田一耕助:山下智久 善池初恵:武井咲

<本家> 善池喜一郎:遠藤要 善池芙佐子:朝加真由美 音吉:柄本時生

<元祖> 丸部長彦:忍成修吾 丸部トモ:草村礼子 福助:マギー

小林少年:羽生田拳武(ジャニーズJr.)

浅原警部:益岡徹

明智小五郎:伊藤英明





そりゃね~わ。見る気ゼロであります。


地下一階お酒売り場に立っております。



両社の思想が一目瞭然っていう、とってもシュールな写真が撮れました。

なう!今日明日とこちらでお仕事です。


かなりの長文につき、一部を省略して紹介しようかと思いまふ。
 
 
エコノミックニュース 8月27日(火)22時32分配信 
 
 

(前略)2012年、日本ではおよそ100万台のハイブリッドカーが販売され、販売台数で1位はトヨタ・アクア、2位が同じくトヨタ・プリウスで、ハイブリッド車がベストセラーカーのワン・ツーを決めた。ちなみに3位フィット、4位フリードは、ともにホンダ車でハイブリッド車をラインアップしている。
 

 ご存じのように世界初の量産型ハイブリッドカーは1997年にトヨタが、「21世紀に間に合いました」と喧伝したプリウス。以後、いくつものモデルが登場し、昨年度は登録車の3割に達するほどのボリュームゾーンに成長した。ただ、2012年まではトヨタ/レクサス連合とホンダの2社だけがハイブリッドカー市場をほぼ独占している状況で、2013年になって富士重工業や日産などの他メーカー、ドイツなど海外メーカーが参入しはじめた。特に、ポルシェ、アウディ、メルセデス、BMWなどドイツ・メーカーの参入が際立つ。EU圏で強化されつつある排ガス規制とメーカーごとの燃費規制をクリアするための方策とハイブリッド車投入は同義となった。高価なポルシェなどのラグジュアリーブランドあっても、燃費規制と排ガス規制からは逃れられないのが現状で、このあたりを一挙に解決するのがハイブリッド&プラグインハイブリッドなのだ。

 

 しかしながら、ハイブリッド車にもネガティブな側面はある。最大の問題は、車両価格が高価になることだ。先頃発売された国産大衆車のカローラでも、同等のガソリン車比でおよそ30万円の価格差が生まれる。この差額をガソリン代で相殺するのは困難だ。そして、最も多品種ハイブリッドカーを販売するトヨタでは、ハイブリッドのエネルギー貯蔵庫「ニッケル水素バッテリー」の保証を「5年未満、5万キロ」として、以後の交換は有償(最も安いアクア用でも12.915万円で交換工賃別)なのだ。だから、トヨタ製ハイブリッド車の多くは3回目の車検(7年目)を受けず廃棄されている。車検費用にニッケル水素バッテリーの代金+交換工賃の支払いが重たいからだと想像できる。これは、ある意味で「エネルギーの無駄遣い」だ。現在のクルマなら、ふつうに使えば、自動車税が増額される登録後13 年以降も平気で使えるのに……だ。

 
 そこで、「実はハイブリッド車はECOじゃないかも?」気が付き始めた人たちが注目したのが、マツダのクリーンディーゼル車だ。
 
(中略)
 

 「SKYACTIV-D」ディーゼルの最大のポイントは、わずか2.2リッターの排気量にもかかわらず42.8kg.mという5リッターガソリンエンジンに匹敵する最大トルクを2000rpmという低回転域で発生するドライバビリティの高さにある。しかも、フルサイズSUVながらJC08モード燃費18.0-18.6km/リッターと好燃費。レクサスのハイブリッドSUVであるレクサスRX450hのJC08モード燃費16.4-17.4km/リッターと比較されたい。しかも、RX450hはプレミアムガソリン、CX-5は軽油で動く。高価なハイブリッドシステムのデメリットに気がついた人は確かに存在するのである。

 
 
 
 
 
 
充電池(バッテリー)というものはどんなものであれ、時間が経つと劣化し電池の持ちが悪くなります。携帯なんかもそうですよね。

別に自慢話をするワケではありませんが、私は少なくとも5年以上前からハイブリッドの経済性に疑問を持っておりました。「バッテリーが劣化したら交換するんでしょ。それでも本当に得になるの?エコなの?」って。
特大痔先生の御言葉によると、「ハイブリッドってのは電気自動車までの繋ぎの技術だ。」と。
でも、私的には電気自動車はバッテリーに画期的な技術開発がされないかぎり普及しないんじゃないかと考えております。燃料電池の方がまだ可能性があるんじゃないかと。

でも、その燃料電池の原料であるところの水素はやっぱり石油から作られるとかなんとか。もう何がエコで何が環境に優しいんだか、銀河一おバカさんと言われている私の脳ミソのキャパを軽くオーバーしていて、もう何がなんだかワケがわかりません。
一方で、今まで石油は有機由来と言われてたのが、実は無機由来なんじゃないかと言われ始めたり、シェールオイルが軌道にのってきたので、石油はまだ何十年も安泰だとか。我々小市民は「いったいどうすりゃいいのさセニョリータ」的な心境であります。
 
 

 
 
とにかく
 
 
 
 
ハイブリッドがエコじゃないという自説が証明されたことがよかったです。
 
 
 
 

以上、ハイブリッドを買えない貧乏性人の僻みでしたっと。


静岡市で発見!



明日は久しぶりのお休みです。朝はゆっくりとしたいので、既に目覚ましの設定は解除しました。出来ることなら9時くらいまで寝ていたいのですが……全ては







里緒ちゃん次第ですね。







ちなみに里緒ちゃんは7時から寝ています。



誰を撮影しても江頭2:50になり、何を撮影して も江頭2:50が写ってしまう……。 あげくのはてには、シャッター音と共に、江頭 2:50の雄叫びや、迷言、珍言が大音量で鳴り響 くという、迷惑極まりないカメラアプリ「ジャ マカム!~江頭ジャマだカメラ~」がiTunes A pp Storeから配信開始された。料金は無料。



mixi2007年9月5日の日記より



美味い酒をチビりチビりとなめるように呑みなが ら・・・

鳴いている。秋の虫が詠っている。この鳴き声 は・・・何て虫なのかはよくわからない。でも、日 一日と大きくなっていく虫達のざわめきに、しん みりと奥行のある侘しい秋の夜を感じる。


しかし、どうでもいいが・・・鳴いているのは どう考えても部屋の中。いったいどういうことに なっているんだ俺の部屋。


とまぁ、こんなオチは お嫌い?



ご来場いただいたお客様、ありがとうございました。



いや、偶然だって。



会場に来てから出品酒を知るといういつものパターン。



集合時間の二時間も前に着いてしまいました。



さて、じゃあ行きますか。

最近はお酒ネタを全然やってなかったのでやります。



臥龍梅を愉しむ会

約100名のお客様にご来場いただき、和やかな雰囲気の中、無事愉しむ会は終了しました。私はと言えば、人並みはずれて滑舌が悪く、普段から超カミカミなくせに、なんと総合司会を担当しまして…… 司会は酷いものでしたが、とにかく会が無事終わったので、それでよしにしたいと思います。(いいのか?)
社長が言ってましたけど、この会は来年もやる予定です。で、今回は会場の都合で前回、前々回より小規模な会になりましたが、来年こそはもっと大きな会場でやりたいと考えています。オレ、来年も司会かぁ?
ご来場いただいた皆さん、本当にありがとうございました。




2.誉富士売り切れ

お掛け様で、純米吟醸の誉富士が売り切れになってしまいました。次に誉富士が出来るのは……早くて年内といったところです。
ご迷惑をお掛けしますが、取り扱い店様におかれましては御理解をいただきたく、何卒よろしくお願い申し上げます。




3.蔵入り

例年、我社では10月1日を蔵入り日とし、酒造りをスタートさせています。 ところがギッチョンチョン。今期は酒造りの本数が多いにところへもってきて、売り切れてしまった(しまいそう)なものが多いので、いつもより一週間早く造りをスタートさせることになりました。9月の23日に蔵人が岩手からやって来ます。それはいいのですが、そうでなくても9月はイベントだなんだとバタバタしているのに、一週間分のスケジュールを前倒しでやらなければならず、私などはまだ繁忙期でもないのに既にヘトヘト。あぁ、マッサージ行きてぇなぁ。





まっ、そんなところであります、ハイ。

じょに~



 肺がん治療中のジョニー大倉が61歳の誕生日の3日、都内の病院で取材に応じ、闘病生活を赤裸々に語った。

【関連記事】ジョニー大倉 がん闘病インタビュー/全文

 余命2週間と宣告されていたこと、約240時間に及ぶ抗がん剤治療で最大15センチのがんが2センチに縮小したこと、副作用からの苦しみを、脱毛した頭部をさらけ出して明かした。ありのままの闘病内容を語ることが、全国のがん患者の励みになればという思いからの叫びだった。



 リーゼントだったジョニーが、脱毛した頭部を隠すことなく語り始めた。

 ジョニー 2週間で死ぬ命と言われた僕が、3カ月かけて、良い医者と良い薬と良い家族に助けてもらった。生きていることは良いことと実感しています。

 6月5日の入院前、実は家族にだけ「余命2週間」と告知された。MRIとCT検査で肺に14~15個のがんが見つかり、最大15センチにもなっていた。今も病院に寝泊まりして24時間付きそう妻のマリー大倉さん(60)、母が寝る夜中に徹夜で看病する長男で俳優の毛利ケンイチ(40)は言う。

 マリーさん 生死をさまよう状況で、とても本当のことは言えなかった。

 毛利 今思えば、奇跡としか言いようがない。

 家族の様子からジョニーも察してはいた。

 ジョニー 一番いい生き方をチョイスするなら、がんに侵されてふさぎ込むのはやめた方がいい。この世に生まれて何をすべきか、もう1度判断すれば、「まだ大丈夫」という自信につながる。自分が闘える気持ちになるかならないか。最後は自分で乗り越えるしかない。僕も、がんになって、自分で制圧している感覚を力にして闘っていきたい。【聞き手・山田準】

◆ジョニー大倉(おおくら)1952年(昭27)9月3日、神奈川県生まれ。72年6月、矢沢永吉らと4人組ロックバンド、キャロルを結成。革ジャン、リーゼント、サングラスのスタイルでファンキー・モンキー・ベイビーなどをヒットさせた。75年4月、音楽性の違いを理由に解散後はソロ活動。81年には映画「遠雷」で日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。173センチ、78キロ、血液型B。
パパの顔だそうです。



最近になって気がついた事とか、ふと思ったことについてあれやこれやと書いてみようかと思いまふ。



1.LINE、Facebook、Twitterというネット三種の神器が自分にはまったく不要であることに気がつきました。そういえばGREEなんてのにも登録したけどまったく使ってません。そのくせ過疎化が著しいmixiはロム専用で使ってたりしてます。mixiなんてやってると今では嘲笑の的でしかないのですが、あのくらい過疎ってたほうがオジサンには妙に居心地がよかったりするわけです。



2.最近、ラジオから『だんご三兄弟』流れてきて、「懐かしいなぁ。」とか思ってたんですけど、その時はたと気がついたのです。「ひょっとしてこの曲って、タンゴと団子をかけていたのか!!!」と。この曲が流行ったのは10年以上前のこと。今頃気がついた私って……(;´д`)


3.もう10年以上前のことですけど、袋井在住でジュビロファンのOクンが、当時のあまり成績のよくなかったエスパルスについて


「ジュビロとエスパって凄く差がついちゃったね。」


とかエスパファンの私に向かってほざいたわけです。



ぐぬぬぬぬ



なにしろ当時のジュビロは名波がいて藤田がいて福西がいて服部もいて…おまけに全盛期を過ぎたとはいえゴンまでいるという、プチ日本代表的なチームで、貧乏市民チームのエスパが逆立ちをしても敵わない圧倒的な強さを誇っておりました。そういえば日本人ではないけどブラジル代表のドゥンガまでいましたね。
しかしその後ジュビロは世代交代に失敗し、今季などは今のところ“振り向けばJ2”のビリ2という位置にいます。決して“奢る平家”だったわけではないのでしょうが、諸行は無常というカビの生えた古の教えを思い出さずにはいられません。
で、我がエスパルスはどうかと言うと、まぁ、毎年中位あたりをウロチョロしておりまして。それでもまだJ2落ちが一度もないってのはなかなか貧乏なりに頑張ってんなと。




4.昨日は私の住んでいる地区の自治会が主宰する運動会に参加してきました。一応、私は16軒のご近所さんを束ねる組長さんなんで。
予め頼まれていた二種目と急遽その場で代打出場となったもう一種目の都合上三種目に出場しました。
それにしても自治会が運動会をやるとか、上位一位のチームが今度は清水区の大会に出場するとかって、今時そんなこと相当な田舎でもやらないんじゃないかって。生まれも育ちも清水の人からすればそれが当たり前のようですけど、最近清水区民になった私にしてみれば、「なんだかなぁ…」って感じです。 因みに今度はバザーをやるそうで、私は警備の仕事を仰せつかっております、ハイ。



5.そういえば最近テレビでプロ野球の中継をやらなくなったなと。単にBSの方へ行っただけなのかもしれませんが、私的にはいい傾向だなと思ってます。






おしまい。