特濃 オヤジの素

♪飲ませてください もぉ少しィ~♪
掛け声に合わせ、みこしを担いで出発する児童=静岡市葵区の市立竜南小
まつり


静岡・竜南小創立50周年 30年ぶりに「まつり」
(2014/10/ 5 07:52)


 静岡市葵区の市立竜南小で4日、豊作への感謝を込めて約30年前まで行われていた伝統行事「竜南まつり」が行われた。同校の創立50周年を記念してPTAが復活させた。
 今春、PTAなどが周年事業の企画を練る中で卒業生を中心に復活の機運が高まり、当時の新聞や体験談を基にまつりを“復元”した。子供会が作った4基のみこしを竜南、千代田、上足洗、北安東の4学区の児童がそれぞれ担ぐ計画がまとまった。
 この日は、児童や保護者、地域住民ら約700人が集まり、手作りの法被に身を包んだ児童が神社の社などに見立てたみこしを「わっしょい」と担いでまちを行進。伝統の竜南音頭を踊って楽しんだ。
 PTAによると、かつての竜南まつりでは、児童が育てた米も調理して振る舞われたという。まつりの規模が大きく運営が難しくなったことなどから1980年代に途絶え、地元住民やOBからは惜しむ声が聞かれていた。杉山郁也PTA会長(44)は「学校と保護者、地域が一体になった行事を通し、子供たちには多くの人が見守っていることを感じてほしい」と話した。





知らなかった・・・まさに



あとの祭りってとこかな。
スポンサーサイト
このところ竜南小学校ネタばかりで申し訳ないが、もう一回だけ書かせていただく。



 以前、竜南まつりのことについて書いた時のこと。当時の竜南小学校には、たくさんオリジナルの歌があったと書いた記憶がある。で、そのパーティーの時に、受付で式次第とこんな冊子をいただいた。



091113_204503.jpg




竜南小学校は、オリジナルの歌が多かったので、当時は『歌集』と称する、ちょうど漫画の単行本くらいのサイズの本を作って、音楽の教科書とは別に、副本のような形でそれを全校生徒が持っていた。確か前半が学校の歌、後半は文部省唱歌とか童謡なんかが載っていたように記憶している。上の画像は歌集の前半部分をコピーしたもの。

 パーティーの席では、くじ引きで決まった一曲を、クラス毎にステージに上がって歌うという余興があった。ちなみにうちのクラスは『竜南音頭』であった。そして、会の終わりには全員で校歌を斉唱。


そうそう、このイントロ。




嗚呼、オレなんかもう泣いちゃいそう。




で、その時にいただいた冊子をスキャンしたので、当日参加できなかった元竜南健児には是非見ていただきたい。



画像をクリックをするとデカくなるよん。
ryunanuta2.jpg

ryunanuta4.jpg

ryunanuta.jpg

ryunanut10.jpg

ryunanuta9.jpg

ryunanuta5.jpg

ryunanuta7.jpg

ryunanuta8.jpg





つうことで、卒業生以外には極めてどうでもいい話を何回にも渡ってダラダラと書いてきたわけだが、一応、竜南小学校シリーズは今回をもって終わりということにしたい。時々、後ろを振り向いてノスタルジーに浸るのもいいけど、常に前を向いて現実を直視していかないとね。



ryuunan603.jpg


前回書いた、竜南小学校の卒業30年パーティーの続き。



中島屋で6時スタートということはもちろん知っていた。でも4時まで仕事をやって、家に帰って里緒ちゃんを風呂に入れたりとかしてたら、ちょっと遅刻をしてしまい、会場に着くと既に会はスタートしていた。受付を済ませ、知ってるヤツはいるかなと辺りを見回す。
 ちなみにオレ、インフルエンザの対策としてマスクを装着していた。またお洒落対策として帽子もかぶっていた。にもかかわらず、近くにいた何人かが振り返って(信年とかそのあたり)、




「オ~!」って



ねぇ、なんでわかっちゃうわけ?




うちのクラスの連中は何処にいるのかと、会場を見渡すと、テーブルの上のスタンドに『3組』って紙が貼ってあったので、そこに行ってみると、




「あっ、佐●君だ!」



って“元女子”が声をかけてくれたのはいいのだが、




「あのう、すいません。どちらさんでしょうか?」




うちのクラスのテーブルは他のところよりちょっと人数が少なくって、男子はオレを入れて三名。女子は六名。担任の斉藤先生も入れて都合十名。まずは先生に挨拶をしなきゃと思い、




「ご無沙汰してます。」 と言ったところ、




「佐●君、久しぶり。」ととてもお元気そう。



 で、問題はここからだ。男子はすぐに誰だかわかった。濁●と●原。よく考えたら、オレもひっくるめて元市高の同級生じゃん。●原は中退だけど。
 女子はねぇ、もうホントにわからない。名札に名前(旧姓)が書いてあるんで、それを見て、「えっ、●●さん?」って感じ。いやはや、街中ですれ違っても100%わからないよ、マジで。でもオレという人間はあまり変わっていないようで、ある酒屋の娘から、「酒の試飲会で見かけた。」とか言われた。なんだか喜んでいいのか悪いのか。


 他のクラスには、中学や高校の同級生もいたりするので、3組のテーブルだけじゃあなくって、あっちこっちのテーブルを歩き回ったけど、一緒に遊んだ男子とかは100%わかる。女子は・・・・やっぱりわからん。でも、向こうは覚えてるみたいなのね、クラスが違っても。
ヘタをすると、全然覚えてない女子から




「当時、佐●君に言われた一言が凄くショックだった。」



なんて御意見を賜ったりとか。どうすりゃいいんだ、教えておくれよ、ベイベー・アイ・ニー・ジュウー。つう感じで、あっという間に一次会は終了。




二次会は、今や静岡のお洒落スポットになりつつある鷹匠のダイニングバーみたいなところへ。

ハエチョがいる・・・
ryuunannjikai.jpg


 このころになると、クラスなんてもうてんでバラバラ。酒は飲み放題だったから、もう浴びるほど酒を飲みまくった。で、何気なく時計を見ると11時10分。「ヤベっ、最終の電車に乗って家に帰らなきゃ。」ってんで、ホントに名残惜しかったのだけど、新静岡の駅までダッシュをしたのであった。時間を忘れるほど、飲んで騒いでなんて久しぶりだ。いや、本当に楽しかった。それはいいのだが、オレ、最初から最後まで飲みっ放しで、





料理を一口も食べてなかった。





ということを、翌朝、YouTubeに動画を投稿している時に気がついたよ。いかんね、いい年なんだから、そういう飲み方は。


 さて、まだまだ書くことはあるんだけど、相当長くなってしまったので今回はここまでして、続きは次回に書こうと思う。












なんでこんな時間にアップしてんのかってのはちょっとおいといて・・・




この会のことについては、後日詳しく書こうと思う。とりあえず、You Tubeに画像をアップしたんで、当日参加できなかった長嶋監督Gクンは見といてくれ。








懐かしい顔・顔・顔・・・



でも、とりあえず“見ても誰だかわからなかった大賞”は・・・・






マッツ~だな。


清水のジャスコの屋上からも、竜爪はハッキリと見られる。
091103_124626_ed.jpg



そうだ、竜爪登山の総括を書くのを忘れてた!って誰も期待してないか・・・


てなわけで、大人の竜爪登山は別にどうってこともなく無事に終了をした。 で、今改めて考えてみると、小学生がよくあんな高い山に登ったなって思う。しかも学校から歩いてだよ。車のメーターで測ったところ、学校から穂積神社までが17キロあった。神社までの林道は、歩いて登る登山道に比べてかなり大回りだったように思う。登山道だったら15キロくらいになるのかしら。かなり適当~だけど。更にそこから薬師岳の山頂までが歩いて1キロ。





往復で30キロ歩くんだぜ、小学生が。





当時、竜南小学校の学区は今よりずっと広くて、岳美とかあっちの方まであったから、その辺りの生徒は、朝学校まで2、30分かけて登校し、学校から歩いて竜爪に登って下りて、更にまた学校まで歩き、ヘトヘトになりながら家まで歩いて帰ってたんだよなぁ。
だから竜南小学校の場合、竜爪登山は遠足なんてそんな生易しいもんじゃなくって、とんと




行軍のようなもんで



ったく、どんだけ歩くんだよ!って感じでさ。



 でもって特筆すべきは、竜爪に登ったヤツって、なにも特別体力があるとか、体が丈夫だとかってわけじゃなくって、基本的には女子も男子も全員参加だからね。引率の先生もひっくるめて。あっ、でもうちの担任は体があんまり丈夫じゃなかったから登らなかったような・・・・・
 とにかく戸田の遠泳といい、竜爪登山といい、当時ですらそんな無茶な(?)スパルタ教育(体力に限定)をする学校なんて、少なくとも周辺の学校にはなかったし、ましてやあんなことは、今じゃあやろうったって100パーセント無理でしょ。
 なんであんなことが出来たのかっていうと、ひとつには、これはオレの勝手な想像だけど・・・・昭和一桁生まれの、軍国スパルタ教育を受けた親がまだ40代の働き盛りの頃で、それと同年代の先生が学校にいて、たぶんそういう先生がバリバリやってたからなんだろうと思う。
尚且つ、歴史とか伝統がある学校じゃなくって、郊外に新設された学校だったから、いろいろと試験的な教育をやっていたんじゃないかと。だとすれば、オレ達ってモルモットだったってことか?
だから、そういうスパルタ教育のお蔭で、私などを見れば一目瞭然なんだけど、竜南健児は、




知恵はないけど体は無駄に丈夫。なのである。



 

 そういえば小学校時代のことでひとつ思い出したことがあるので、そのうちそのことについても書いてみようと思う。