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特濃 オヤジの素

♪飲ませてください もぉ少しィ~♪
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v T34

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私に一台譲ってくれないだろうか。
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かなり無理のあるセリフですな。
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最近会社の事務所にいると、女性社員が電話口で「申し訳ございません。只今一時的に品切れになっておりまして、○日に瓶詰めをしますので、□日に出荷いたします。」と言っているのをよく耳にします。
これは直接的に私の仕事に関係することなので、一言お詫びと、何故そうなっているのかという説明というか、結局言い訳になってしまいますが、事情を説明をさせてもらいます。


お陰様で年末はもう耳から溶け出した脳ミソが出てきそうなほど忙しく、どのくらい忙しかったか具体的にと言うと、この会社に入って17年。18回目の年末で一番の忙しさだったと言えば、少しはその忙しさがおわかりいただけるかと思います。
他の酒造メーカーのことはよくわかりませんが、わが社は社長以下9人でやっている、それはそれは小さな会社であります。(季節雇用の蔵人を除く)
このメンバーで、瓶詰めから、出荷準備・配達まですべてをこなさなければなりません。
瓶詰めばかりやっていては出荷準備に割く時間が減り、逆に出荷ばかりしていては在庫が無くなります。従って両方の状況を見ながら、バランスを取りながら営業をしているワケです。
しかし年末の最後の方は、注文に瓶詰めが追い付かない状態になり、どうにか仕事納めになったはいいのですが、倉庫はガラガラで年明けは大変なことになるなぁとは思ってました。
で、年明け最初の営業日。厚さ約1㎝にも及ぶファックスでの注文書に有り難さを感じつつも、軽い目眩を覚えました。
準備を整え、昨日1月8日に今年初の瓶詰めをしたのですが・・・

私の立場からすると、瓶詰めをする場合、一種類の酒を分厚くやって、しばらくはやらくてもいいようにしたいところです。
しかし、「あれもこれもない。」という状況なので、決まった時間の中で複数の酒を詰めなければならず、それ故に『薄く広く』となってしまいました。
で、結果的にどうなったかというと、詰めた酒のほとんどが実質2日で無くなってしまったという状況でして。
今週は明日1月10日と12日の2日瓶詰めがありますが、それはそれで他に詰めなければならない別の酒があって、スケジュールはパンパンです。
ですから、ソッコーで無くなった酒を改めて瓶詰をするとなると、早くて来週以降の予定となってしまいます。

そんなこんなの年明けで、「一時的な品切れしておりまして・・・」はもう少し続きそうです。全てが普通に出荷できるようになるのは・・・・今月の後半かしら。
つうことで、取り扱い小売店様、消費者の皆さん。ご迷惑をおかけしますが、なるべく早く出荷が出来るよう鋭意努力いたしますが、その点何卒ご理解ご協力いただきますよう、お願い申し上げる次第であります。
12月31日です。大晦日であります。
この世に生を受け、はやウン十年。先に結論を言ってしまいますが、今年ほどロクでもない一年もありませんでした。
つうことで、例によってそのロクでもない一年をFacebookの日記を見ながら振り返ってみようと思います。

1月
浅間神社へ初詣に行きました。めったにないことなんですが、気まぐれで御神籤を引いたところ、出たのは凶!
ロクでもない一年を象徴するかのようなスタートとなりました。
この頃から実父の言動が怪しくなり始めました。

2月
父が県立病院へ定期健診へ行ったところ、CRP(炎症を示す数値)がとんでもないことになっていて、要するに肺炎だったようなのですが、緊急入院することに。本人はいたって元気で「何で俺が入院するんだ!」とご立腹。
担当医から認知が入っているから入院中に介護の手続きをした方がいいと言われ、多少疑問を感じつつも言われる通りにする。
また医者から止められていると説得し、車を取り上げることにしました。


3月
父の認知の症状が悪化。便秘薬を一気に20錠以上も飲み、救急車で運ばれ再度入院。
この頃からヘルパーさんをつけて父の面倒を見てもらうことしました。


4月
父の認知症の症状が更に悪化。車を取り上げたことに腹をたて、(言葉が)暴力的になり非常に困る。
また、会社で17年間同僚として仕事を一緒のやってきたK氏が退職し、二人でやっていた仕事を一人でやらなければならなくなり、父のこととダブルで心底困る。


5月
父は約6年アパートでの独り暮らしをしていましたが、さすがにもう無理と判断。新居を探し、良さげなところ(サポート付き高齢者住宅)が富士に見つかったので、そこへ引っ越す為の諸々の手続きに忙殺される。
仕事では蔵人が地元に帰った後の後始末に追われる。


6月
父の新居への引っ越しがありました。ところが引っ越した3日後に肺炎の為3度目の入院。この日から約1ヶ月の入院でヘトヘトに。
そういえば私は6月から課長になりました。前日まで何の話をなく、朝礼時にいきなり言われて、ついつい「えっ!」という言葉が口から出てしまう。
課長になっても特にやることは変わらず、責任はより重くなりました。
ちなみに直属の部下はおりません(苦笑)。
それと里緒の空手の大会で福井県に行ったのも6月でした。


7月
よく考えたら7月で結婚十周年。思ってた以上に長く続いてるなぁと。里緒も9才に。
あと会社の上司の結婚式で東京へ行き、そのついでに大学時代のサークルの先輩とちょっと一杯。皆様、こんな私にもいろいろと気を使ってくれるのが嬉しいやら、恥ずかしいやら。でもとても楽しかった。


8月
臥龍梅の会があったなぁ。
あとさくらももこさんが亡くなったことがかなりショック。仕事がらみで一度お会いしたかった。


9月
父が今年4回目の入院。やはり原因は肺炎。またもや約1ヶ月の入院。
一方で心臓もかなり弱っていたのですが、これは佐●家の宿命だから仕方がない。
あとはいつもより1ヶ月早い地酒メッセがあったり、例年通りの蔵入りがあったり。


10月
父のサポート付き高齢者住宅での生活も無理っぽくなったので、同じ建物の中にある老人ホームに移すことになる。
あとはイベントとか多数あり。


11月
父5回目の入院。ただし今回は入院したその日に死んでしまった。
ちょうど新酒が出来上がり、その処理に追われている状況だったので、途方に暮れる。
この頃から仕事が猛烈に忙しくなり、臥龍梅ヌーボーの会も開催されましたが、会には社員の半分くらいが出たのみで、残りの社員は会社で残金をしているという始末。


12月
里緒の空手、静岡県大会組手で3位。
全日本に出場するも一回戦負け。
父の四十九日。
鬼のような出荷の嵐。
本当にあっという間に終わった一月でした。


そんな感じで、例えて言うと、いろんな意味で公私ともに『毎日が千本ノック』みたいな、それはしんどいしんどい一年でした。自分のために使う時間はほぼゼロ。
里緒の空手にも今一つ集中ができなくって、その事が結果に直結してしまいました。
お陰様で仕事は順調でしたが、今まで二人でやっていたことを一人でこなさなければならず、そうでなくても忙しいのに、父のことに割く時間がかなりあって、余計仕事の密度が濃くなってしまいました。
とにかくしんどい一年ではありましたが、父のこともあらかた片付いたので、来年はもうちょっと落ち着いて、余裕をもっていろんなことに対応したいなと。あともう少し自分の時間が出来ればいいなと思ってます。


それでは皆さん、よいお年を。





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Facebookのグループのこんなのがあるらしいです。なんか凄いなと。
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